品格とは・・

以前から気になっていた、カズオ・イシグロの「日の名残り」を読んでみました。

読み始めは、イギリス人気質とアメリカ人気質との違いに焦点が合っているように感じました。

イシグロ氏は、確かに生まれは日本ですが、物の見方、思考方法は日本人のそれとは全く違うように感じました。

物の見方、思考方法は個人の資質によるところが大きいと思いますが、やはり、成長する間の生活環境、学習環境にも大きく影響を受けるような気がします。

読み進めていくうちに、主人公の執事「スティーブンス」の仕事に対する誇りを感じ、執事として完璧にことを処理するのが彼の品格であったであろうことを感じます。

どんなことがあっても、取り乱さず、大きな声を出さず、感情を表に出さず、スマートに物事を処理する能力を身に着けていることが、彼の品格になっていたと思います。

・・・イギリス紳士とはこういうものか・・・と。

イギリスの大貴族の執事としての人生が、時代とともに変化の時を迎え、お屋敷の所有がアメリカ人に代わり、アメリカ人の主人に仕えることになったスティーブンスの品格がまた問われることになります。

価値観の違う主人に対しての、スティーブンスの対応はいかに?

いかなる環境の変化にも、何とか工夫を凝らし、乗り越えていく能力が問われ、自分なりの解決策を模索します。

新しい環境で苦慮しているとき、主人より、主人が留守の間の一週間のドライブ休暇を提案されます。

お屋敷を出て、周りの景色を堪能しながら、旅を続けるスティーブンスはかつて屋敷で働いていた女中頭のミス ケントンを訪ね、再会します。


今は結婚しているのですが、結婚生活がうまくいっていないと感じさせる手紙を受け取っていたのです。

ならば、また、人手の欲しいお屋敷に戻って一緒に働いてくれないだろうか・・との思いを持っていたのですが、ミス ケントンが、今幸せであることを確認し、二人は別れます。

図らずも、ミス ケントンの自分に対する想いを知り、また自分のミス ケントンに対する想いに気付き、胸の中に悲しみの感情が沸き起こります。

ミス ケントンはこんなことを言っています。

「ときにみじめになる瞬間がないわけではありません。とてもみじめになって、私の人生は何て大きな間違いだったことかしらと、・・・
 
もしかしたら実現していたかもしれない別の人生を、よりよい人生をーーたとえば、ミスター スティーブンス、あなたといっしょの人生をーー・・・・・・

でも、そのたびに、すぐ気づきますの。私のいるべき場所は夫のもとしかないのだ、って。

結局、時計をあともどりさせることはできませんものね。・・・・・・。

人並みの幸せはある、もしかしたら、人並み以上かもしれない。早くそのことに気づいて感謝すべきだったのですわ」

スティーブンスは悲しみの気持ちをおさえ、微笑んで返します。

「おっしゃる通りです、ミセス ベン。おっしゃるとおり、いまさら時計をあともどりさせることはできません。・・・・・・
私どもは、みな、いま手にしているものに満足し、感謝せねばなりますまい。・・・・」

ミス ケントンから、ミセス ベンへ、呼び方が代わっているのに気が付きます。、

そして、旅の終わり。

夕方、桟橋で夕日を見ているとき、見知らぬ男との会話にスティーブンスは、今までの自分の人生を振り返り涙します。

執事としての自分が、かつてのような満足のいく仕事が出来なくなったことをなげくスティーブンスに、見知らぬ男は、「あんたの態度はまちがっとるよ。いいかい、いつも後ろを振り向いていちゃいかんのだ。・・・‥いつかは休む時が来るんだよ。・・・・・人生楽しまなくっちゃ。夕方がいちばんいい時間なんだ。足を伸ばして、のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねてごらんよ。夕方がいちばんいい時間だって言うよ」

自分の仕事に誇りを持ち、信念のもとに品格をもって仕事にまい進してきた人生を振り返るスティーブンスにこみあげる涙に、人間味を感じます。

品格はとても大切なものです。人に不快感を与えない配慮ができたり、相手の気持ちに沿う対応が出来たりすることはすばらしいことです。

でも、時には苦しくなるような場面もありそうです。

桟橋で出会った、一般庶民の見知らぬ男に、スティーブンスは居場所を教えてもらったのかもしれません。

自分の仕事もそろそろ夕方に近づいているのを感じています。

ゆっくり、足をのばして夕日を見る時間が楽しめたら最高です。


   


この記事へのコメント