スペイン旅行~アルハンブラ宮殿、No.2~

 アルハンブラ宮殿、ナスル朝宮殿の概略図です。
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 入口・・・カルロス5世宮殿の脇を降りた所にあります。
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 メスアールの間へ向かいます
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メスアールの間(政治を行った場所)
 残っているナスル朝宮殿の中で一番古いと言われています。
 木の欄干や、壁面のタイルの色が鮮やかに残っています。
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 かつてのままの、崩れているタイル・・・(他のきれいになっている部分は補修されたもの)
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 祈祷室の壁面もきれいなアラベスク文様
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 外に出ると、メスアールの中庭、南側・・ここからコマレス宮に入ります。
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 壁面のアラベスク文様がきれいです。
 ここも、壁面下部にタイルが使われています。
 夏の時期、暑いこの場所では、タイルは清潔で、かつ虫が付かないという利点があったようです。

 アラヤネスの中庭・・・奥に立つ塔がコマレスの塔
 アラヤネスとは、「天人花」という意味
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 コマレスの塔の姿が水鏡になっている水面に映る様子がきれいです。
 陽射しの加減で、うまく写真が撮れません^^;
 時期を選べば、噴水が上がり、天人花が咲き乱れて、さぞきれいな中庭だったことだろうと、想像するしかありません^^;

 対面は・・・奥にカルロス5世宮殿の天井部が見えます。
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 コマレス宮、大使の間
諸外国の大使による王への謁見や公式行事が行われていました。
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 大使の間の壁面・天井 
 アラベスク文様の壁面とレバノン杉を使った見事な細工の天井
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 大使の間の床
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 隣の王の浴室の天井には星形の採光孔
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 モーロの王たちは、くつろいで、天井を見上げた時まで、美的センスを追及し、天井を作り上げているようです。

 待望のライオンの中庭
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 ライオンにしては、可愛い表情の像です。
 かつては、水時計になっていて、1時に1頭のライオンの口から水が吹き出し、二時には二頭のライオンの口から水が噴出する仕組みだったようです。
 大理石の列柱が立ち並び、漆喰の装飾が見事です。
 レースのような繊細な装飾が、涼しげに見えます。
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 アベンセラヘスの間、16角形の天井
 アベンセラヘス一族は当時、オリエント出身のアラブ人で、王に仕える名門の騎士一族でした。
 グラナダの王座の争いの中で、敵の讒言により、対立するアベン・オスミンに、36名の騎士全員が、つぎつぎに首をはねられたといいます。
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 室内にある水盤のシミは、当時の血の跡と言われているそうです。
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 二姉妹の間
 床に二枚の大理石が敷かれていることから、このように呼ばれているそうです。
 見物は八角形の天井、「ムカルナス」と呼ばれる、イスラム建築独特の鍾乳石彫り
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 壁面もアラベスク文様
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 イスラム教は偶像崇拝を禁止しているため、人物を描くことはせず、このような幾何学模様で壁面を装飾しています。
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 見事な装飾に感動します。

 あちこちに見られるアラビア文字は、「アラーのみが、勝利者なり」と書かれているようです。
 レコンキスタが進む中、当時のグラナダの王、アルハマールはフェルナンド王の前にひざを屈し、主従の関係を結ぶことで、グラナダを守ります。
 それにより、年貢を納めることや、戦時に至っては、騎兵隊を率いて戦列に加わることを求められます。
 セビーリア包囲戦においては、キリスト教徒のために参列し、同胞に対し刃を向けなければならなかったのです。この時はキリスト教徒の輝かしい勝利に終わりますが、アルハマールの胸中はいかばかりか・・・。
 悲哀と苦渋を全身に滲ませて、帰還した王は、「征服者はアッラーのみぞ!」と大声で叫んだと言われます。
 「平時に武装を忘れず、夏に衣をまとうべし」という古い格言に従い、政情の安定したときを利用して、要塞を強化し、富を生み、真の国力をつける産業技術の開発を奨励します。
 さらに、治安の維持、貧者の救済・保護、病院、大学の設立と、あらゆる分野に力を尽くします。
 領地の山岳地帯で発見された金鉱、銀鉱の発掘と冶金技術にも力を入れ、コインを作り出します。
 アルハマール王がアルハンブラ宮殿の着工を決めたのは、あの、悲痛なセビリア包囲戦から帰還した直後だそうです。13世紀前半の事です。
 アルハマール王の王国建設は壮大で、その企画は偉大だったけれど、王自身の人となりは廉直で、身なりも質素で家臣と見分けがつかないほどだった・・・そうです。
 
 アルハンブラ宮殿の築城者は、賢明で知的な王だったようです。
 そしてそれは、711年にモーロ人達がイベリア半島にやってきて、統治し始めてから500年以上も経てからのようです。
 
 二姉妹の間のバルコニーから中庭が見えます。・・・リンダラハの出窓と言われているようです。
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 リンダラハの中庭・・・出窓から撮影
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オレンジが実っています。

 渡り廊下からの撮影
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 リンダラハとは、当時の王、ムハンマド八世左利き王の忠臣であるマラガ城将の娘で、宮廷の華と謳われたモーロの麗人です。

 ムハンマド王が王位を追われた時、城将はマラガ城塞に王を匿い通した。やがて、王位を奪還したムハンマド王は、城将には恩賞をもって報いる一方、彼の美しい娘を引き取って宮殿に一室を与えて住まわせ、さらに、王自身が親代わりになって、アベン・フード公正王の血を引くセティメリエン公家の若き貴公子ナサール公に彼女を娶せ、二人の婚礼をこの宮殿で盛大に執り行った。そして二人は丸一か月間の新婚生活をこの美しい庭に面した居室で過ごしたのである。

 ・・・という中庭の臨める部屋に、ワシントン・アービングは滞在しています。

 後世、この部屋には王妃が住んだことがあり、内装は洋風に替えられているようです

  ワシントン・アービングの居室には、ネームプレートが
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 天井は改装されて、洋風
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 天井の文字、「PLVS VLTRE」は「より彼方へ」の意味のラテン語のようです。
 スぺインの国旗にも見られます。
 国旗には「PLVS VLTRA」と表記されています。(英:Plus Ultra)
 メスアールの間の壁面の飾りにも同じ文字がありました。
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 レコンキスタ後、キリスト教徒により装飾されたことが伺えます。
 

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